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福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)742号 判決

控訴人 林茂美

被控訴人 片山松次

主文

原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、

控訴人において、

本件の訴訟前に、本訴の被控訴人が原告となり、本訴の控訴人を被告として提起した訴訟は、乙第一、二号証により明らかなように、被控訴人敗訴の判決が言渡されて同判決は上告の申立なく確定した。本訴は乙第一、二号証の判決の既判力にてい触して許されないものである。もつとも、被控訴人は前訴においては、賃料金として前訴の判決言渡までの金員の支払いを求めたものであり、本訴においては、その後の賃料金の支払いを請求しているのであるが、その実質に着眼すれば、本訴は前訴の予備的請求と全く請求原因を同じくするもので、前訴の判決はその理由において、被控訴人の請求する賃料の支払い期限が到来していないと認定し、被控訴人の請求を棄却しているのに対し、本訴ではその期限が到来したという新たな事実上の主張もしないで、賃料の支払いを請求するものであるから、本訴は確定判決の認定と異なる判断を求めるものに外ならず、実質上同一の請求をなす再訴であつて、前訴の既判力を無視する請求というべく、この点からしても本訴請求は排斥を免れないと述べた。証拠〈省略〉

被控訴人において、

控訴人主張の前訴訟の被控訴人敗訴の判決が言渡されて確定したことは認めるが、本訴が既判力にてい触するとの主張は否認すると述べ、証拠〈省略〉……と述べた外は、原判決記載のとおりである。

理由

一  既判力の抗弁について。

成立及び前訴の確定判決であることについて、当事者間に争いのない乙第一、二号証によれば、前訴は本件の被控訴人が原告となり、本件の控訴人を被告とする訴訟で、その第一審における請求の趣旨は、控訴人は被控訴人に対し、北九州市門司区門司字カワラヤ一、一二三番地の一、家屋番号大坂町一三六番の二、木造瓦葺三階建店舗一棟、建坪二八坪、外二階二八坪、外三階一二坪二合五勺(以下本件建物という)を収去して、その敷地である右のカワラヤ一、一二三番地の一三宅地三〇坪二合七勺(以下本件宅地という)を明渡し、かつ、昭和二九年九月一五日以降明渡し済みにいたるまで月金六、〇〇〇円の割合による損害金を支払えというもので、その原因は、本件宅地は訴外楢崎義男の所有であつたが、被控訴人は昭和二九年九月二〇日同訴外人からこれを買受け、所有権移転登記を経たところ、控訴人は昭和二六年一〇月一〇日同訴外人に無断で本件宅地上に本件建物を建築所有し、昭和二七年三月一九日所有権保存登記を了した。よつて請求趣旨のとおり建物の収去と宅地の明渡しを求めるとともに、宅地賃料相当の損害金の支払いを求めるというのである。ところで、被控訴人は第一審において右請求が理由なしとして棄却されたので、控訴を提起し、控訴審においては、建物収去、宅地明渡しの請求とともに昭和二九年九月二一日以降明渡し済みにいたるまで、月金六、〇〇〇円の割合による金員の支払いを求める請求をなし、かつ、第一審における請求の原因を変更し、控訴人は訴外楢崎義男から本件宅地を期間の定めなく、賃料は時価により決定し、毎月月末払いの約定で賃借し、同地上に本件建物を所有しその所有権保存登記をなしたところ、被控訴人は前示のとおり同訴外人から本件宅地を買受け所有権移転登記をなして、同訴外人の控訴人に対する賃貸人たる地位を承継した。しかるに控訴人は時価相当の賃料を支払わないので、被控訴人は控訴人に対し、昭和三二年四月一五日内容証明郵便で、昭和二九年九月二一日以降昭和三二年四月一五日まで、一ケ月金六、〇〇〇円の割合による時価相当の賃料合計金一八六、〇〇〇円を同月二〇日までに支払うべく、不払いのときは本件宅地の賃貸借が当然解除となる旨の条件付契約解除の意表示をなし、同内容証明郵便はおそくとも発送の翌日までには、控訴人に到達したが、控訴人は右の催告期間内に僅か一ケ月分に相当する金員の弁済提供をしたに過ぎない。すなわち、右催告期間の徒過とともに本件宅地の賃貸借契約は解除によつて消滅したので、建物の収去、土地明渡し及び昭和二九年九月二一日以降昭和三二年四月二〇日までの月金六、〇〇〇円の割合による賃料並びに同月二一日以降右宅地明渡し済みまで、賃料相当の損害金として同額の金員の支払いを求め、予備的請求及びその原因として、かりに前示解除の効果がなく、本件宅地の賃貸借が継続しているとすれば、昭和二九年九月二一日以降控訴審の判決言渡し当日(昭和三三年一一月二七日)にいたるまで、月金六、〇〇〇円の割合による賃料の支払いを求めると主張したこと、これに対し控訴裁判所は、控訴人の被控訴人に対する本件宅地の賃料の弁済期が到来していないと認定して、賃料の催告はその効なく控訴人に債務不履行の責がないとして、被控訴人の本位的並びに予備的請求全部を棄却し、その判決の確定したことが認められる。

ところで本訴は、控訴人と被控訴人間に昭和二九年九月二〇日以降本件宅地につき前示の賃貸借契約が存続するとして、控訴人に対し昭和三四年一月一日から昭和三七年一二月三一日までの賃料の支払いを請求するものであり、前訴と訴訟物を異にするものであつて、本訴の訴訟物に対し前訴の判決はなんらの判断もしていないことが明らかであるから、賃料と損害金の請求とを同一の訴訟物と見る当裁判所の採用しないいわゆる新訴訟物理論的見解をとらないかぎり、前訴判決の既判力が本訴に及ぶいわれはない。これに反する控訴人の主張は採用しがたい。

二  被控訴人の本案の請求について。

原判決記載の(1) 被控訴人の請求原因事実(イ)と(ロ)の事実は、当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一、二号証、第七号証の二、第八号証の四、原審控訴本人尋問の結果及び原審証人楢崎義男の証言とによつて、各成立を認める乙第三号証ないし第五号証、第六号証の一、二、三(ただし乙第六号証の一の郵便官署の日付印はその成立につき当事者間に争いがない。)、右尋問の結果と証言、当審控訴本人尋問の結果とを綜合すれば、訴外正木正徳は訴外楢崎義男から本件宅地を借受け、控訴人の資金をもつて同地上に建物を建築中であつたところ、控訴人は昭和二六年頃正木正徳から建築中の同建物を買受けて工事を完成しこれを本件建物となし、(昭和二七年三月一九日所有権保存登記をなした)本件宅地を当時の所有者楢崎義男から建物所有の目的をもつて賃借したのであるが、それは当時控訴人は楢崎義男に対し金一五〇万円、同人が支配主宰しその代表取締役社長であつた西日本検数株式会社に対し金二、三〇二、三〇〇円の元本債権を有していた関係で、本件宅地を楢崎義男から賃借したものであり、そのため、賃料の支払いについては、楢崎義男及び西日本検数株式会社がその債務を弁済した上、当事者双方が時価を勘案した上協議決定して支払うこと、それまで楢崎義男は控訴人から賃料を受取らないとともに前示債権の利息も受取らないという約定をなしたこと、しかるに楢崎は自己が本件宅地を所有していても、賃料を現実に取得し得ない関係上、これを被控訴人に売却したのであるが、被控訴人は本件宅地を買受けるに当り、楢崎義男、控訴人その他について同地上の賃貸借の内容を調査して買受けたものであること、なお今日にいたるまで、楢崎義男及び前示会社の債務は全く支払われていないことの各事実が認められる。この認定に反する原審被控訴人本人尋問の結果、甲第一号証、乙第八号証の二は、前挙示の証拠と対比して信用しがたく、他に右認定を左右する証拠はない。

しかして建物保護ニ関スル法律第一条第一項規定の趣旨は、建物所有を目的とする賃貸借の対象たる宅地の所有権を取得した者が、従前の所有者であつた旧賃貸人の地位を承継することを明らかにしているものと解すべきであるから、それは当然に旧賃貸人と賃借人間に約定された賃貸借契約の内容すべてにわたり、同契約から生じた一切の権利義務が、包括的に新所有者である賃貸人に承継される趣旨をも包含する法意であるというべく(借家法第一条第一項に関する最高裁昭和三五年(オ)第一二五一号同三八年九月二六日判決、同三六年(オ)第四四九号同三八年一月一八日判決各参照)、建物保護ニ関スル法律が、借家法第一条第二、三項に当る同法律第二条前段の外に、同条後段の規定を設けていることは、益々この解釈の正当であることを裏付けるものである。従つて控訴人と訴外楢崎義男との間に約定された前認定の賃料支払いに関する契約条項は、新たに賃貸人の地位を承継した被控訴人に効力を及ぼすものと解すべきにおいて、控訴人の前示債権が全然弁済されていない現在、被控訴人の請求にかかわる本件賃料債権はいまだその弁済を請求し得る段階に達していないことが明らかである。

三  以上見たとおり被控訴人の請求は失当であり、この請求を一部認容した原判決は不当であつて、控訴は理由があるから、民訴第三八六条第九六条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 池畑祐治 秦亘 佐藤秀)

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